【あらすじ・解説】『秒速5センチメートル』のネタバレあらすじと詳しい解説!本当に鬱アニメ?

アニメ
引用元:秒速5センチメートル

2007年に公開された新海誠監督によるアニメーション映画『秒速5センチメートル』のあらすじと考察を掲載します。

『秒速5センチメートル』は、「バッドエンドで終わる鬱アニメ」といった印象を抱かれているのを散見します。
また、「何を伝えたいのかわからない」、「意味がわからない」といった意見もままあります。

しかし、『秒速5センチメートル』はバッドエンドではありません
最後には、明白な希望が垣間見える形で物語は終結しています。

本作が度々誤解されるのは、「アレゴリーが多いこと」、「抽象的な表現が使われていること」、「遠回しな描写が多いこと」など、その難解さが要因となっています。

そこで、本記事ではそれらを徹底的に解説し、そこから「本作の意義」を紐解いていきます。

あらすじ

第一話『桜花抄』​

「ねえ、秒速5センチなんだって」
「桜の花の落ちるスピード。秒速5センチメートル」

小学四年から六年までの三年間、遠野貴樹と篠原明里は多くの時間を二人で過ごした。
しかし、小学校の卒業と同時に、明里の栃木への転校が決まり、二人は遠く離れることになってしまう。

それから半年後、中学生になった貴樹の元へ、突然明里から手紙が届く。

その後文通を続けるが、貴樹は親の都合で鹿児島へ転校することが決まり、二人はさらに遠く離れることに。
鹿児島への引っ越しの前に再会を果たすことを決心し、貴樹は栃木まで赴くことに。二人は約束を交わす。

再会当日、昼過ぎから雪が降っていた。
道中の電車内にて、貴樹は明里との思い出を回想する。

二人は似た境遇で、精神的にもよく似ており、明里とこの先もずっと一緒にいることができると、貴樹は思っていた。
しかし、卒業と同時に引っ越すことを、貴樹は明里から突然電話で告げられる。
明里は謝るが、貴樹は「もういい」とだけ言い残し、明里に気遣いの言葉をかけることはできなかった。

再会のために電車を乗り継ぐ貴樹だが、降雪により電車が遅延。
乗り換え後のその先でもさらに電車の遅延は続く。

すでに約束の時間は過ぎ、貴樹の不安は大きくなる。
そんな不安に呼応するように、貴樹は再び過去を回想する。
転校を告げられた電話にて、明里に優しい言葉をかけることができなかったことを貴樹は思い残している。

貴樹は、再会当日までの二週間をかけて、明里への想いを綴った手紙を書いていた。
しかし、自販機にて飲み物を買おうとした際、手紙はポケットからこぼれ落ち、風により吹き飛ばされてしまう。
貴樹は泣きそうになりながら歯を食いしばる。

そして、その後乗り換えた電車は何もない荒野で二時間も停車した。
ただ必死に堪え、「明里、どうか、もう家に帰っていてくれればいいのに」と貴樹は祈る。

待ち合わせの岩舟駅に着いたのは、約束の時間から四時間が過ぎた二十三時。
沈んだ表情を浮かべながら貴樹が駅舎に入ると、そこには俯く明里がいた。
貴樹の姿を捉えた明里は、思わず泣き崩れてしまう。

それから二人は、駅舎で弁当を食べながら会話をし、再会の喜びを分かち合う。
駅舎を出て周囲に誰もいない雪道を歩き、桜の花びらのように雪が降る中、桜の樹の下で二人は口づけを交わす。

貴樹は、これまで生きてきたすべてを明里と分かち合えたように感じると共に、この先一緒にいることはできないことを悟り、たまらなく悲しみを感じる。
しかし、明里との口づけは、そんな貴樹の不安でさえも緩やかに溶かしてしまう。
貴樹の人生において、それは本当に特別だった。

その後、二人は納屋でひとつの毛布にくるまり、語らいながら夜を明かした。
朝が来ると、貴樹は電車に乗って岩舟を後にする。
貴樹は明里のことだけを考え、車窓の景色を眺め続けた。

第二話『コスモナウト』

星が見える異星の草原で貴樹と少女が佇む。少女の顔は見えない。

舞台は貴樹の引っ越した先、種子島。
高校三年生になった貴樹の同級生である澄田花苗は、弓道部に所属する貴樹に恋をしていた。
花苗は、進路調査書に何も書くことができず、趣味であるサーフィンでもここ最近は波に立てていない。

放課後、偶然を装い貴樹と帰路を共にする花苗。
バイクで前を走る貴樹の後姿を見て、過去を回想する。
転校してきたその日から、花苗は貴樹に一目惚れし、そんな気持ちを今でも抱え続けていた。

道中、コンビニでジュースを買う二人。
先に駐輪場で待つ貴樹が、誰かにメールを打つ姿を捉え、花苗は哀しげな表情を浮かべる。

後日、花苗は担任に進路希望調査書を提出していないことを咎められる。
さらに放課後、趣味であるサーフィンに励むが、やはり波に立つことはできない。

学校に戻り貴樹を待つ花苗だが、この日は会うことはできず一人で帰ることに。
しかし道中、貴樹のバイクが丘のふもとに停車してあるのを発見する。
丘に登ると、貴樹はひとり草原に座り、誰かにメールを打っていた。

隣に座り、話をする二人。
花苗は、「明日のこともよく分からない」と漏らし、貴樹は花苗のその言葉に同調し、「迷ってばかりなんだ」と話す。
貴樹が迷いなく邁進していると考えていた花苗は、貴樹も自分と同じであったことに喜びを感じ、進路調査書を紙飛行機にして投げ放つ。

その後、帰路の途中でロケットが打ち上げ場まで運搬されるのを、二人は目撃する。
移動するトレーラーを見た花苗は、「時速5キロなんだって」「南種子の打ち上げ場まで」と呟く。
貴樹の脳裏には、明里の「秒速5センチなんだって」が浮かぶ。

帰宅後、花苗は今日のことを思い返し、喜びを噛み締める。
一方の貴樹は、帰り道に遭遇したロケットに思いを巡らせる。
出す宛てのないメールを打っては消す癖が、いつの間にか付いていたことを独白する貴樹。
ここで再び、異星の草原にて貴樹と顔の見えない少女が佇むカットが映し出される。

十月の半ば。
「一つずつできることからやる」と姉に告げ、海に向かう花苗。
そしてついに、花苗は半年ぶりに波の上に立つことができた。
波に立てたことをきっかけに、花苗は貴樹に告白することを決心する。

放課後、帰路を共にし、いつものコンビニに立ち寄る二人。
意を決して、バイクに向かう貴樹の裾を引っ張る花苗だが、振り向いた貴樹は、「どうしたの?」と冷めた目で花苗を見る。
そんな貴樹を見て、花苗は臆してしまい何も言うことができなかった。

コンビニから走り出そうとした二人だが、花苗のバイクの調子が悪く、二人で歩いて帰ることに。
いつも優しい態度で振る舞いながらも、どこか遠くを見ている貴樹の姿を見て、花苗は思わず涙を流してしまう。
戸惑う貴樹だが、直後、二人の背後をロケットが飛翔。
二人はその光景を共に眺める。

飛翔するロケットを見た花苗は、貴樹が周囲の人とは違って見える理由に気づく。
そして同時に、貴樹が自分のことを全く見ていないことにも気づいてしまう。
結局、花苗は貴樹に告白することはできなかった。

カットが変わり、再び異星の草原にて、貴樹と少女が佇む。
これまでは顔の見えなかった少女だが、ここで振り向いた少女は明里であった。

その夜、花苗は貴樹のことを想い、泣きながら眠った。

第三話『秒速5センチメートル』

桜咲く春の東京。
大人になった貴樹は、道中の踏切にて明里のような女性とすれ違う。
しかし、振り返ると同時に電車が横切った。

大人になった明里は、結婚をし、式の挙行も決まっていた。
岩舟の町を離れ、東京に向かう電車内にて、昔の夢を見たと語る明里。
その過去は、中学一年生、貴樹と再会した日のことであった。

一方の貴樹は、堕落の日々を送っていた。
三年間交際をした水野理紗には、メールにて別れを告げられる。
とにかく前に進むために働き続けていた貴樹だが、限界を感じ会社を辞める。

貴樹がふらりと入店したコンビニでは、『One more time,One more chance』が流れている。
貴樹もまた、昔の夢を見ていた。

曲とともに、貴樹と明里のこれまでの人生の道程が描かれる。
曲の終盤、冒頭の貴樹と明里が踏切にてすれ違うシーンが繰り返される。
二人が振り返ると同時に、電車が横切り、貴樹は電車が通り過ぎるのを待つが、その向こうに明里はいなかった。

明里がいないことを認めた貴樹は、どこか柔らかな表情を浮かべ、前へと歩き始めた。

考察

第一話『桜花抄』

本作タイトルについて

『秒速5センチメートル』(C)Makoto Shinkai / CoMix Wave Films

ねえ、秒速5センチなんだって
桜の花の落ちるスピード。秒速5センチメートル。

『秒速5センチメートル』(C)Makoto Shinkai / CoMix Wave Films

印象的なセリフとともに、本作は幕を開けます。

「秒速」の定義は、
「運動するものが一秒間に進む距離で表した速さ。」(明鏡国語辞典から)
です。

このタイトルにも示されるように、『秒速5センチメートル』は、「時間と距離を描く物語」です。
「惹かれ合っていた男女の距離が、時間とともにゆっくりと離れていく様子」が描かれます。

多くのアニメ作品と違っている点は、そこにドラマチックな展開がないことです。
フィクション的な要素はほとんどなく、ただただ現実的に、二人の男女の距離が離れていく様子が描かれます。

それゆえに、起承転結のはっきりとした一般的なアニメ作品を予期していた視聴者は、「え、これで終わり?」という当惑に陥るわけです。

「秒速5センチメートル」の意味するところ

そもそも、「秒速5センチメートル」とはどのくらいの速さでしょうか?

時速になおすと「0.18km/h」。
人の平均歩行速度は平均2.9〜3.6km/h、自転車の平均速度は時速10〜15km/h、一般道を走る自動車の平均速度は時速34km/h。
「秒速5センチメートル」、遅すぎる。

このタイトルにも使われる「秒速5センチメートル」という速度は、「人と人との別れの比喩」ではないかと考えられます。

「人と人との関係(すなわち心の距離)」が、突然断絶することは稀です。
「別れは突然に」とはよく言われ、確かに人と人との別れは突然にやってきます。
しかし、形式上は別れていたとしても、それと同時に相手の存在自体が自分の中から綺麗さっぱり消え去ることはなかなかありません。
基本的にはゆっくりと、長い年月をかけて消失していく。そう、それこそ秒速五センチメートルの速度で。

本作においても、貴樹は離れ離れになった後にも、何十年も明里の影を追い続けています。
明里においても同様です。
ラストシーン、『One more time, One more chance』の曲と共に二人の道程が映し出されるシーンにて、別れた後も貴樹のことを想っていたことが見て取れます。

時間と距離による人と人との関係性や心情の変化。
ゆっくりと時間をかけて、人と人との距離は遠のいていく。
『秒速五センチメートル』。

二人を暗示する象徴的な踏切シーン

『秒速5センチメートル』(C)Makoto Shinkai / CoMix Wave Films

冒頭、明里は突然走り出し、二人は踏切によって分断されます。
後の二人の別れを暗示するシーンで、第三話においても同シーンは再現されます。

上述の明里のセリフが本作を象徴する『代表的なセリフ』であるとするなら、この踏切のシーンは本作を象徴する『代表的なシーン』であると言うことができます。

貴樹の不安に呼応する描写

『秒速5センチメートル』(C)Makoto Shinkai / CoMix Wave Films

明里の元へと向かう道中、電車は遅延し、雲行きは怪しくなっていきます。

「消え入るような踏切警報音」、「乗客のいない車内」、「仄暗い電灯」、「真っ暗な車外の荒野」。
徐々に不安が募る貴樹の心情に呼応するような描写が各所に散りばめられています。

印象深いのは、電車が二時間もの間広野に停まり続けた際の、貴樹が腕時計を外す描写です。
貴樹のこの行為は、「耐え難い今」という時間から目を背けたい(または抗いたい)という貴樹の内情を表現しています。

手紙の紛失

貴樹は明里への想いを綴った手紙をしたためていました。
しかし、自販機で飲み物を買う際、貴樹は数瞬の油断によって、手紙を紛失してしまいます。

(本考察において)その後の貴樹の運命を左右する非常に核となるシーンでもあるため、押さえておいてください。

至上の体験をする貴樹

『秒速5センチメートル』(C)Makoto Shinkai / CoMix Wave Films

再会を楽しむ貴樹と明里。
そして、貴樹のその後の人生の岐路ともいえる局面が訪れます。

周囲に誰もいない深夜の雪道を並んで歩き、(まるで小学生であった二人が並んで歩いていたような)桜の花びらのように雪が降る中、二人は桜の樹の下で口づけを交わします。

本話終盤、貴樹は「あのキスの前と後とでは、世界の何もかもが変わってしまったような気がした​──」と語っています。
実際に、明里とのキスは至上の体験であり、その後の貴樹の人生を縛ることになります。

なぜ明里とのキスが特別であったのか

では、「なぜ明里とのキスがそれほどまでに特別であったか」について考察します。

その瞬間、永遠とか心とか魂とかいうものがどこにあるのか、分かった気がした。十三年間生きてきたことのすべてを分かちあえたように僕は思い、

『秒速5センチメートル』(C)Makoto Shinkai / CoMix Wave Films

「永遠、心、魂」は、本来は表出しないものです。
よって、それがどこにあるのかなんてことは想像もできません。

しかし、口づけを交わしたことによって、貴樹はそんなものの居場所を知ってしまった(ように感じた)。
「絶対に知り得ないものを知ること」
それは、本来は有り得ない唯一無二の神秘的な体験ともいえます。
そんな体験を通じたことで、貴樹は明里と人生全てを共有できたように思い、至上の喜びを感じます。

ちなみに、上述の「永遠、心、魂(=本来は絶対に知り得ないもの)」は、「世界の秘密」という言葉に換言されて後にも登場します。
つまり、「本来は絶対に知り得ないもの(永遠、心、魂の居場所)を知ること」=「世界の秘密を見ること」です。

それから次の瞬間、たまらなく悲しくなった。明里のそのぬくもりを、その魂を、どのように扱えばいいのか、どこに持っていけばいいのか、それが僕には分からなかったからだ。僕たちはこの先もずっと一緒にいることはできないと、はっきりと分かった。僕たちの前には、未だ巨大すぎる人生が、茫漠とした時間が、どうしようもなく横たわっていた

『秒速5センチメートル』(C)Makoto Shinkai / CoMix Wave Films

明里とのキスを通じて至上の体験をした貴樹ですが、同時に哀しみが襲います。

この先には、貴樹の引っ越しによる明里との別れが控えています。
膨大な距離によって隔てられる二人は、この先一緒にいることはできない。
それは貴樹自身が一番分かっていたことでしょう。

一度は離別した二人が再会することができたのは、電車で約三時間という距離であったためです。
「東京と栃木間の距離」と「栃木と鹿児島(さらにその離島の種子島)間の距離」の違いは、中学生であった二人にとってはあまりに膨大です。

明里のぬくもりや魂の在り処を知り得たのに、その実体である明里とはこの先一緒にいることができない。
だから、貴樹は明里のぬくもりや魂をどのように扱い、どこに持っていけばいいのかが分からなかったのです。

でも、僕を瞬間捉えたその不安は、やがて緩やかに溶けていき、あとには明里の柔らかな唇だけが残っていた

『秒速5センチメートル』(C)Makoto Shinkai / CoMix Wave Films

しかし、明里とのキスは、そんな茫々たる不安すべてを溶かしてしまいます
それほどまでに明里とのキスは特別でした。

さらに押さえておくべき点は、この出来事にある背景です。

貴樹と明里は、小学生時代、多くの時間を二人だけで過ごしました。
しかし、そんな二人を別つこととなったのが、明里の転校です。

突然、転校を告げられた貴樹は、(それが明里のせいではないということを分かっていながらも)明里を責め立てるような態度を取ってしまい、これについての禍根が残っていました。
そんな禍根を残しながらの約一年後の再会で、さらに道中での大幅な電車の遅延という障害を乗り越えた先での明里とのキスでした。

つまり、ただただ好きな人とのキスであったために特別であった、というわけではありません
二人だけの世界があり、いくつかの障害を小さな身体で乗り越えたその先での出来事であったという点が、明里とのキスの特別性に拍車をかけていました。

これらが、「明里とのキスが特別であった理由」です。

「世界の何もかもが変わってしまったような気がした​──」とは?

貴樹は、「あのキスの前と後とでは、世界の何もかもが変わってしまったような気がした​──」と独白しています。

「本来は見ることのできない世界の秘密を見る」という至上の体験をした貴樹には、それ以外の世界のすべてが色褪せて見えてしまいます。
至上のもの以外が霞んで見えるのは当然ともいえます。

そして、貴樹はその後も至上の体験(=世界の秘密を見ること)を追求し続けることとなり、結果的にそれらは貴樹を縛ることになってしまいます。

つまり、「貴樹は『世界の秘密を見ることに』に囚われ、その他のものが色褪せて見えるようになってしまった」
これが、「世界の何もかもが変わってしまったような気がした​──」の正体です。

第二話『コスモナウト』

第一話『桜花抄』にて、「世界の秘密を見ること」に囚われてしまった貴樹。
結果から言ってしまえば、第二話はバッドエンドです。
貴樹は世界の秘密を見ることはできません

第二話の考察の前に、一つ確認しておかなくてはならないことがあります。
それは、「『秒速5センチメートル』は、遠野貴樹というひとりの人間の人生を描いた作品である」ということです。

本話においても、「一人の女子高生の悲恋の物語」であるかのように一見捉えられるかもしれませんが、あくまでも作品としての主体は貴樹です。

畢竟するに、「世界の秘密を見ることに囚われ四苦八苦している貴樹の様子を、(花苗という)客観的視点から俯瞰する」というのが、本話の構図であるといえます。

貴樹の夢の世界①

『秒速5センチメートル』(C)Makoto Shinkai / CoMix Wave Films

異星の草原に佇む貴樹と少女。
貴樹は少女を一瞥するが、少女の顔は見えない。

詳しくは後述しますが、ここでは「少女の顔が見えていないこと」を留めておいてください。

哀しげな表情で花苗を見つめる貴樹

『秒速5センチメートル』(C)Makoto Shinkai / CoMix Wave Films

放課後、帰路を共にする貴樹と花苗。

印象深いのは、花苗の家に到着後、愛犬と戯れる花苗を見つめる貴樹の哀しげな表情です。
貴樹は何を思っていたのでしょうか。

安堵する花苗

『秒速5センチメートル』(C)Makoto Shinkai / CoMix Wave Films

花苗には、「進路、趣味、恋愛」という思春期特有の悩みが山積しています。
そんな悩みや迷いばかりの自分とは違い、貴樹は直向きに邁進していると花苗は考えていました。

しかし、貴樹は、
「迷ってばかりなんだ、俺。できることをなんとかやってるだけ。余裕ないんだ」
と披瀝します。

これを聞いた花苗は、貴樹も同じであったことに安堵し、安らかな表情を浮かべます。
そして、悩みの種の一つであった進路調査書を紙飛行機にして投げ放ちます。

突然の降雨

『秒速5センチメートル』(C)Makoto Shinkai / CoMix Wave Films

高台で二人で話をした帰り道、ロケットの運搬を二人は目撃します。

移動するトレーラーを見た花苗は、「時速5キロなんだって」と呟きます。
明里の「秒速5センチなんだって」が貴樹の脳裏をよぎります。

直後の突然の降雨は、記憶を呼び起こされた貴樹の心情にシンクロしていると考えられます。

対照的な花苗と貴樹

『秒速5センチメートル』(C)Makoto Shinkai / CoMix Wave Films

帰宅後、花苗は今夕の出来事(自分と貴樹が同じであったこと)を思い返し、喜びに浸ります。
一方の貴樹は、科学雑誌を読みながら、観測衛星の「想像を絶するくらい孤独な旅」に思いを馳せています。

花苗は『二人が同じであったこと』、貴樹は『孤独な旅のこと』
皮肉にも、二人が馳せるものはまるで対照的であり、完全にすれ違っていることが窺えます。

ロケットが表象するものとは?

それは、本当に想像を絶するくらい孤独な旅であるはずだ。本当の暗闇の中を、ただひたむきに、ひとつの水素原子にさえめったに出会うことなく、ただただ深遠にあるはずだと信じる世界の秘密に近づきたい一心で。僕たちはそうやって、どこまでいくのだろう。どこまでいけるのだろう

『秒速5センチメートル』(C)Makoto Shinkai / CoMix Wave Films

暗闇の中、たったひとり旅をし、その果てに明里とのキスによって世界の秘密を見た貴樹。
そんな自身とロケットを重ね合わせています。

第二話で度々登場する「ロケット」は、「貴樹自身の表象」です。

貴樹の夢の世界②

『秒速5センチメートル』(C)Makoto Shinkai / CoMix Wave Films

ここで再び貴樹の夢の世界のカットが挿入されます。
貴樹は少女を一瞥しますが、この段階においても少女の顔は見えません

貴樹は、『今朝の夢』という件名で出す宛てのないメールを打っており、異星の描写が貴樹の夢の世界であることが判明します。

花苗はなぜ告白できなかったのか

『秒速5センチメートル』(C)Makoto Shinkai / CoMix Wave Films

「​───どうしたの?」
私の中のずっと深い場所が、もう一度、ぞくっと震えた。ただただ静かで、優しくて、冷たい声。思わず彼の顔をじっと見つめてしまう。にこりともしていない顔。ものすごく強い意志に満ちた、静かな目。
結局、何も言えるわけがなかった。
何も言うなという、強い拒絶だった。

小説『秒速5センチメートル』新海誠 角川文庫

花苗は告白を決心しますが、何も言うことはできませんでした。
なぜ何も言えなかったのでしょうか?

前提として、花苗は薄々気づいていました。貴樹がいつも、どこかずっと遠い場所を見ていることに。
それは、貴樹と草原で話をした際の、「遠くに行きたそうだもの」というセリフにて示唆されています。

そんな貴樹の様子を知りながらも、一念発起して告白を決心しますが、上述の小説版からの引用に示されるように、「​───どうしたの?」という貴樹の声と目を見聞きしたことで、花苗は臆してしまい何も言うことができなくなってしまいました

因みに小説版には、このシーンにおける貴樹の心情も綴られています。

彼には分かっていた。澄田が自分に惹かれた理由も、彼女が告白しようとした何度かの瞬間も。それを言わせなかった自分の気持ちも、打ち上げを見た時の一瞬の高揚の重なりも、その後の彼女の諦めも。すべてがくっきりと見えていて、それでもあの時の自分には何もできなかった。

小説『秒速5センチメートル』新海誠 角川文庫

貴樹は“意図的に”花苗の告白を拒んでいたわけではありません。
ある種、“本能的な作用によって”花苗の告白を拒んでいたのです。

花苗は、そんな貴樹の様子を察知してしまい、何も言うことができませんでした。

断絶している花苗と貴樹

『秒速5センチメートル』(C)Makoto Shinkai / CoMix Wave Films

そもそも貴樹と花苗の想いは当初より断絶しています。

新海誠監督は、当話の絵コンテに、
「花苗が貴樹のことを想っている時、貴樹は全く違う遠い物事を考えている。二人は最初から断絶しています。」
と注記しており、これがそのことの証左です。

また、それらは花苗が告白できず、その後二人並んで歩いた帰り道における描写にも示されます。

この場面、貴樹は花苗が泣き始めるまでの始終、上を向いて歩いています。
花苗は一瞥し、(自分ではなく)ずっとどこか遠いところを見ている貴樹を目の当たりにして、ついには泣き出してしまいます。

「どこか遠い所を見つめて歩く貴樹」、「下を向いて涙ぐみながら歩く花苗」、そんな二人の現況に相反するかのように「煌びやかに輝く美しい種子島の夕景」。
非常に印象的なシーンです。

飛翔するロケット

『秒速5センチメートル』(C)Makoto Shinkai / CoMix Wave Films

(お願いだから、もう、私に、優しくしないで。)

『秒速5センチメートル』(C)Makoto Shinkai / CoMix Wave Films

泣き続ける花苗に、貴樹はどうすることもできずに立ち尽くします。

直後、轟音を響かせ、ロケットが飛翔します。

「ロケットの打ち上げ」と「貴樹が再び世界の秘密を追求する旅へ出立すること」は連動しています。
貴樹は再び世界の秘密を追い求めることに。

ロケットを見た花苗

『秒速5センチメートル』(C)Makoto Shinkai / CoMix Wave Films

必死に、ただ闇雲に空に手を伸ばして、あんなに大きな塊を打ち上げて、気の遠くなるくらい向こうにある何かを見つめて

遠野くんは他の人と違って見える理由が、少しだけ分かった気がした。そして同時に、遠野くんは私を見てなんていないんだということに、私はハッキリと気づいた

『秒速5センチメートル』(C)Makoto Shinkai / CoMix Wave Films

先述したように、花苗は、貴樹がいつもどこかずっと遠い場所を見ていることに気づいてました。
おそらく、これまでの段階では、“薄々”気づいていた程度だったのではないでしょうか。

しかし、「貴樹と重なる(気の遠くなるくらい向こうにある何かに向かう)ロケット」を見たことによって、はっきりと確信してしまいます。
「貴樹は(いつもどこか遠くを見ており、)自分のことなんて見ていない」ということに。

真っ二つに分断された満月

『秒速5センチメートル』(C)Makoto Shinkai / CoMix Wave Films

陽が沈んだ道を共に歩く二人。
花苗が不意に立ち止まり、見上げた空には電線によって真二つに分断された満月が。

この満月は言わずもがな、二人の現況を表象しています。

「そんな満月を見つめる花苗」、「別れ際の花苗の涙ぐんだ表情」、「貴樹の哀切な表情」……

貴樹の夢の世界③

『秒速5センチメートル』(C)Makoto Shinkai / CoMix Wave Films

そして再び貴樹の夢の世界。
これまで顔の見えていなかった貴樹の隣に立つ少女ですが、この三回目のシーンにて、少女が明里であることが明瞭に視認できます。

なぜ少女の顔は見えていなかったのか

貴樹の夢の世界のカットは、計三回登場します。

前半二回のカットでは、貴樹が一瞥をくれても少女の顔は見えません。
途中、貴樹が打っていたメールにも、「異星の草原をいつもの少女と歩く。いつものように“顔は見えない”。」とあります。

三回目のカットにて、この少女が明里であることが視認できるのですが、なぜ前半二回のカットにおいて、少女の顔は見えなかったのでしょうか?

その理由を、二つの視点から考察します。

一つ目の視点は、「貴樹の主観的な視点」です。

この視点に立ち、少女の顔が見えていなかった理由を考察すると、「貴樹が明里のことを忘れようとしていたため」と考えることができます。

貴樹は、すでに明里との関係が過去のものであることを理解していたはずです。
しかし、一度世界の秘密を見てしまったがために、呪いのように明里に囚われ続ける。
「頭(理性)では理解はしているけど、本能的に追求してしまう」、そんな状態といえます。

貴樹が明里を忘却しようとしていることは、第三話にて別の女性と交際をしていることや、本作における新海誠監督のインタビューなどからも窺うことができます。

明里を懸命に忘れようとしているため、前半二回のカットでは少女が明里であることが確定していなかった(隣に立つ少女が明里になることを貴樹が必死に拒んでいた)。

しかし、結果的に貴樹は世界の秘密を求めてしまいます(→ロケットの打ち上げ)。
それによって、三回目のカットで少女が明里であることが確定してしまうという流れです。

次に、二つ目の視点は、「物語のメタ的な視点」です。

この視点から少女の顔が見えていなかった理由を考察すると、「花苗は貴樹に告白しようとしていた = 貴樹と結ばれるルートが生成される可能性が残っていたため」ということになります。

貴樹の夢の世界のカットの前半二回目までの段階では、花苗は貴樹への告白を考えていました。
つまり、「花苗と貴樹が結ばれ、それによって貴樹が明里のことを忘却する」というルートが生成される可能性が残っていたということになります。
だから、少女が明里であることは確定していなかった(=少女の顔は見えなかった)。

しかしながら、三回目の段階にて、花苗は告白を諦め、二人が結ばれるルートは本作から消滅しました。
そのため、三回目において隣に並ぶ少女が明里であることが確定してしまいます。

最終的に第二話は、「貴樹は世界の秘密を見ることができずに囚われ続ける」という形で終結することになります。

『コスモナウト』とは何か

第二話のタイトル『コスモナウト』。
これは、旧ソ連の「宇宙飛行士」を指す言葉だそうです。
世界の秘密を求め、ひとりで旅を続ける貴樹に準えて付けられたタイトルです。

第三話『秒速5センチメートル』

明里にとっての貴樹

『秒速5センチメートル』(C)Makoto Shinkai / CoMix Wave Films

結婚に伴い、明里は電車にて東京に向かいます。
車中で明里は本を読んでいますが、それを読み終え、画面には「終」の文字が映ります。

「本」は、「明里と貴樹の重要な共通項」でした。
二人が親しくなったきっかけの一つでもあり、本の内容を語らい、親睦を深めました。

明里が「終」という文字を確認した後に本を閉じるこの描写は、明里にとって二人の関係がすでに過去のものに転化していることを暗示しています。

対照的な明里と貴樹

『秒速5センチメートル』(C)Makoto Shinkai / CoMix Wave Films

明里は貴樹を過去の人物として捨て去り、新たな相手と関係を築き、婚姻も果たしています。
一方、貴樹は対照的です。

孤独で暗澹たる退廃的な描写が続き、交際をしている女性、水野理紗からは、「私たちはきっと千回もメールをやりとりして、たぶん心は一センチくらいしか近づけませんでした。」と別れを告げられます。

小説版ではさらに克明に描かれますが、貴樹は貴樹なりに新たな女性と交際をすることで前進を試みています。
しかし、やはり無意識的に明里(世界の秘密)を求めてしまい、そんないつもどこか遠くを見ている貴樹を悟った時、彼女たちは彼との交際を断念してしまうのです。

本作副題について

『秒速5センチメートル』には、副題が設定されています。
『a chain of short stories about their distance』
直訳すると、『彼らの(間の)距離についての連続短編』です。

『秒速5センチメートル』という主題(タイトル)は、「秒速」=「時間と距離」を示唆しています(本作が、「時間と距離を描く物語」であることは先に述べたとおりです)。

この副題では、さらにその距離に焦点が当てられています。
「貴樹と明里」、「貴樹と花苗」、「貴樹と理紗」……。
彼らの間には、大小はあれど、常に「距離」が生じていました。

これは、「精神的な距離」のみに限定するものではありません。
貴樹と明里には、引っ越しによる「物理的な距離」が生じ、明里による貴樹への気持ちの薄らぎには、「時間的な距離」が起因していました。

そのようなもの全てを包括したものが、本作にて扱われる「距離」であるといえます。

辞職を決する貴樹

この数年間、とにかく前に進みたくて、届かないものに手を触れたくて、それが具体的に何を指すのかも、ほとんど強迫的ともいえるその思いが、どこから湧いてくるのかも分からずに僕はただ働き続け、気づけば、日々弾力を失っていく心が、ひたすら辛かった

『秒速5センチメートル』(C)Makoto Shinkai / CoMix Wave Films

貴樹は明里(世界の秘密)に囚われ続けていることで、停滞しています。

「前に進む」が何を指しているのかについては諸説ありますが、後に「届かないものに手を触れたくて、〜」と接続されていることを考慮すると、「世界の秘密をもう一度見ること」であると考えられます。

小説版にて描かれますが、貴樹は世界の秘密を見るために、その後も何人かの女性と交際をし、体を重ねています。しかし、同じようにキスをしても、一度目にした世界の秘密を見ることはできませんでした。
貴樹は、「具体的にそれが何であるか(世界の秘密を見るとは何なのか)」、また、「それを見る方法」も、何も分かりません。

だから、そんなわからないもの全てを払拭するかのように、ただただ無心で働き続けたのです。

ここで、貴樹は肝心なことを失念しています。

本来、明里と見た「世界の秘密」は、貴樹の真剣で切実な思い(=純愛)から生じた結果です。
「世界の秘密を見るための条件」は、「真剣で切実な思いを抱いていること」であるといえます。

しかし、この段階での貴樹は、一心不乱に世界の秘密に固執し、それを仕事に転移させるという迷走状態で、これは「真剣で切実な思い」とは対極のものです。
それを指し示すのが、「日々弾力を失っていく心」。
当然、この迷走状態の貴樹が世界の秘密を見ることはできません

そしてある朝、かつてあれほどまでに真剣で切実だった思いが、綺麗に失われていることに僕は気づき、もう限界だと知った時、会社をやめた

『秒速5センチメートル』(C)Makoto Shinkai / CoMix Wave Films

錯乱した現状に、貴樹は徐に気付いていました。
そして、ついにそんな現状に限界を悟り、辞職を決します

貴樹がこれまで一心不乱に働き続けていたのは、意思によるものではなく、「世界の秘密を見たい」という強迫的な観念によるものです。
いわば操り人形のような状態といえます。

しかし、貴樹は辞職を決し、小説版にて描かれますが、後にフリーランスとして働き始めます(本作映画版でも、3話冒頭に家で仕事をしている貴樹の様子が窺えます)。

フリーランスは会社員とは対極となる働き方で、自身の意思によってすべてを選択し、行動しなければなりません。

強迫観念に駆られ、操り人形状態であった貴樹が、自身の意思や行動が必要とされるフリーランスへと転向する。
ここに、「これまでの停滞状態からの脱却の姿」、延いては「貴樹の成長」が示されます。

「会社を辞めたこと」は、「貴樹が前進をする第一歩であった」といえます。

二人の道程

『秒速5センチメートル』(C)Makoto Shinkai / CoMix Wave Films

『One more time, One more chance』とともに、過去から現在までの二人の回想が描かれます。

文通を続ける二人、次第にそれは途絶えますが、その後もお互いを意識しているシーンが双方に見られます。
しかし、曲の終盤以降の描写においては、明里が貴樹を回顧するシーンはなくなり、貴樹が明里を想う描写のみが描かれます。

また、明里は別の男性と交際をし、幸せそうな表情を浮かべますが、貴樹は別の女性と一緒にいる間も険しげな表情をしています。

二人の状況の差異が露わになります。

二人にはなぜ差異が生じたのか

大人の都合によって分断された貴樹と明里。
その後再会を果たし、誰もいない深夜口づけを交わし、至上の体験をしたという点はお互い共通です。

しかし、二人には決定的な違いが生じました。

明里はその体験を過去の出来事として昇華させることができ、貴樹は長くそれができませんでした。
なぜ、二人にはこれほど大きな差異が生じたのでしょうか?

第一話にて、引越しという「物理的な距離」により隔絶された二人は、その距離を「手紙」を用いて埋めようとします。
ゆえに、本作における「手紙」は、「二人を結ぶ唯一のコミュニケーションツール」で、非常に大きな意味を持っていました。

そして、再会の当日、貴樹は明里への想いを綴った手紙をしたためていました。
この手紙は、「明里への想い」が全て内包されたものであり、いわば「手紙=明里への貴樹の想い」といえます。

しかし、そんな手紙は、貴樹自身の意思とは無関係に、一時の油断によって水泡に帰してしまうことになります。
結果として、「手紙(=明里への貴樹の想い)」は永遠に彷徨うことになってしまったのです。

もしも、手紙を渡す(=想いをすべて伝える)ことができていたなら、その後二人の関係が途絶えてしまったとしても、貴樹に悔いは残らず(想いを全て伝えているから)、明里を諦めるべくして諦めることができたのではないでしょうか。

一方の明里も、貴樹に宛てた手紙をしたためていましたが、これを渡していません。
しかし、貴樹との違いは、「それが明里自身の選択によるものであった」ということです。

明里が、「手紙を渡さない」という選択をしたから渡さなかった
それゆえに、「手紙(=貴樹への明里の想い)」は、彷徨うことなく明里自身の元にしまわれ、結果的に明里は貴樹を過去の思い出に昇華することができました。

これが、二人に生じた大きな差異の根因であったと推察できます。

前進する貴樹

『秒速5センチメートル』(C)Makoto Shinkai / CoMix Wave Films

ラストシーン、貴樹と明里がすれ違い、互いに振り向くその瞬間に電車が横切ります。
貴樹は明里を待ち続け、電車が通り過ぎるのを待ちますが、電車が通り過ぎたその先に明里は待っていませんでした。
そして、それを確認した貴樹は穏やかな笑みを浮かべ、これまでとは異なる柔らかな表情で身を翻して前に進みます

このラストシーンでは、「二人が別々の道を歩むこと」、すなわち「二人の(本当の意味での)別れ」が示されています。

二人が去り、誰もいなくなった踏切がエンドロール前に描写されますが、これは明里だけではなく、貴樹も気持ちを断ち切ったこと(=二人の別れ)の表れであるといえます。

なぜ貴樹は前進できたのか

では、本作の肝要な点である、「なぜ貴樹が明里への気持ちを断ち切り、前進することができたか」について考察します。

貴樹は中学一年生の冬、孤独な旅の果てに世界の秘密を目の当たりにしましたが、それ以降、貴樹は明里とは一度も再会することはありませんでした。

明里と再会することはなく、貴樹の脳裏に浮かぶのは、自分を好きである中学一年生当時の明里。
しかし、現実では、この「貴樹を好きである明里」は、時間の経過とともに姿を消していきます

そんな現実に反して、「貴樹を好きである明里」を、貴樹は想い続けます
「明里となら、もう一度世界の秘密を見ることができる……」
貴樹の中で醸成した「虚像」ともいえる明里に、貴樹は縛られ、囚われ続けてきました。

このような呪縛を解く機会が、これまでの貴樹にはありませんでした。
なぜなら、「貴樹を好きである明里」がすでに現実にはいないということを、貴樹は実際に自分の目で確認していないためです。

しかし、ラストシーン踏切での交錯が、貴樹の呪縛を解くきっかけとなります。

貴樹は当然に明里のことを待ちますが、明里は列車の通過を待たずにその場を去っていました。
言葉を交わすことはありませんでしたが、その行為自体が、「貴樹のことはすでに想っていない」という明里のメッセージといえます。

貴樹は、明里によるこの行為によって、「貴樹を好きである明里」が、すでに現実にはいないことを確認します。
ここで、貴樹の中で醸成された「貴樹を好きである明里」が、ようやく消滅します。

誰もいない反対側の踏切を確認した貴樹の表情は、少しの驚きの後に、どこか納得をし、安堵しているようにも捉えることのできる表情をしています。

その後、貴樹は明里を追うことはせずに、穏やかな表情を浮かべて踵を返し、しっかりと前を向いて歩いていきます。

これまでの貴樹とは違い、そこには明白な希望があります。

本作のテーマ

『秒速5センチメートル』(C)Makoto Shinkai / CoMix Wave Films

本作品の特別限定生産版DVD-BOXには特典映像があり、その中には新海誠監督による本作品のインタビューが掲載されています。

インタビューにて、新海誠監督は、
「(ドラマ的な障害を設定せずに)現実そのものを描きたいという思いから本作品を作った」
と語っています。

ドラマティックな設定を排除し、現実をそのままに表現している作品。
だからこそ、「秒速5センチメートル」には、圧倒的に考えさせられるものがあります。

感想

人と人との関係に、別れは付き物です。
一度生じた「距離」を縮めることは容易ではなく、それらは時間とともに遠のき、やがては手の届かないほどの距離に達します。
そんな手の届かないものに執着をし続ければ、本作における貴樹のように、停滞を生むことになってしまいます。

互いを過去の存在として昇華し、別々の道を歩んでいく。
現実とはそういうふうに進んでいくしかありませんが、それは簡単なことではありません。
たくさん思い悩み、前進することができず、停滞してしまうかもしれません。

しかし、そんなふうに足が止まってしまった際、『秒速5センチメートル』は、私たちの寄る辺となってくれる
そんな作品であると感じました。

忠実に現実を表現している本作であるからこそ、私たちに人と人との関係について、再考の機会を与えてくれます。

※本稿では、文化庁により定められた引用のルールに基づき、画像・台詞の引用を行わせていただいております。

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